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第9回 中原伸一先生

中原伸一先生 在校歴:昭和54年~平成8年 担当教科:理科

紹介者からのコメント・平成7年卒 和田光司

 私は文系であったにもかかわらず、「濟々黌の名物先生は?」と訊かれて真っ先に頭に思い浮かんだのは、化学の中原先生のお顔です。当然ながら私は中原先生に担任して頂いたことは一度もありません。先生とお会いするのはもっぱら化学室でした。それでも先生の授業が最も印象に残っています。
 中原先生の授業は、常に緊張感に満ち溢れていました。どんな教科でも授業中につい居眠りをしてします生徒がいたものですが、少なくとも私は先生の授業で居眠りしている人を見た記憶がありません。
 確かに皆、怒られるのが恐かったと思います。先生の怒号はグラウンドにまで聞こえていたのではなかろうかと真面目に思います。誰しもが先生に当てられるのを畏れていたでしょう。しかし、今思い返してみればその緊張感以上に楽しかった記憶が掘り起こされてきます。
 文系の私にとって、化学の授業は元来決して楽しいものではありませんでした。憶えなければならないことが非常に多い化学ですが、そこは中原先生の指導術。元素記号表もアルカンも気が付けば覚えていました。もちろん、今でも歌えます(笑)。お茶を淹れるときは「抽出」と呟くのを忘れたことはありません。
 センター試験、自信のなかった化学でしたが、先生の直前指導のおかげもあってかなり手応えを感じました。試験終了後、濟々黌に戻って友人とともに化学準備室へ向かうと、私たちと同じ目的の生徒で溢れかえっていました。先生に御礼の言葉とともに頭を下げると、先生は「よかったなぁー!」と言いながら右手を差し出されました。そのときの先生の手の感触と、満面の笑顔。今でも鮮烈に覚えています。
 ラーメンよりもチャンポン派。野球は中日ドラゴンズ。普段は威圧感たっぷりだけど、笑顔は最高に優しい。そして生徒のことをいつも真剣に考えてくださる中原先生。これからの益々のご活躍をお祈りしております。

中原伸一先生からのコメント

在職当時の中原先生

<素晴らしい出会い>
 濟々黌在任中の昭和54年から平成8年までの17年間では、校長先生をはじめ多くの先生方、そして生徒諸君、保護者の方々との素晴らしい出会いを通してたくさんの感動をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
<洗礼>
 濟々黌への赴任は、教師になって7年目のことでした。着任当時は年齢がまだ20代で、周りはベテランの先生方ばかり。緊張の連続でした。
 ある先生からは酒席ではありましたが「オイ!少年」と呼ばれ、「なるほど、青年でもないのか」と自分で妙に納得したものでした。
 また、着任直後、化学室の掃除に来た生徒から「先生はほんとうに先生ですか!」といきなり尋ねられ、答えにつまったこともありました。新参者の私は大先輩の先生方の中にあって、頼りなく、この人は何だろうというふうに生徒の目に映ったのかもしれません。
その薫陶を受けた為か、濟々黌を卒業する時はりっぱなおじさんになっていました。
<生徒に感謝>
 17年間の中で、特に印象に残っているのは、濟々黌生徒諸君の目の輝きと素晴らしい集中力です。例えば、授業中がそうでした。真剣な表情で目を輝かせている生徒諸君を前に、授業を展開できる幸せは何物にも代え難く、この時間を誰にも渡してなるものかといった気持ちになるほど、まさに私にとって至福の時でした。
 授業を通して、化学だけでなく、夢や希望を与えることができればという気持ちで臨んでいましたが、逆に彼らからエネルギーを貰っていたのだと思います。授業に意欲的に参加してくれた彼らに心から感謝しています。
 ひょっとしたら、積極的に聞こうとする意欲がない人に対しても、聞かざるを得ない状況に私が無理やり追い込んでいたのかも知れませんが・・・。
 また、3年生冬休みの「マラソン化学」(ゼミ)に生徒が多数参加してくれたことは、大変な驚きでした。朝から夕方までまさに化学漬けになる数日間でしたが、生徒諸君の目の輝きと集中力に改めて感動しながら時間が流れていきました。
 そして今、私は53才になりましたが、濟々黌で培った地声の大きさは相変わらずです。校歌に歌い上げてある「天地万象皆わが師」の精神を大事にしながら、元気で頑張っています。

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